江戸小紋

IMG_4926

神田川沿いにはなぜ染物屋さんが多いのか?
そんな疑問を娘の夏休みの自由研究にすべく、西早稲田の染物屋さんへ。
色々な解説を受けつつ、江戸小紋の染物体験をしてきました。

染物は今では新宿区の地場産業になっていますが、
意外とその歴史は近年のもので、大正時代からのものでした。
元々は浅草に多く存在していた染物屋さんが、
都市化による水質の悪化を避け、きれいな水を求めて神田川を遡上、
落合の地に移ってきたのが大正12年ころ。
昭和30年ころまでは川で染物を洗っていたんだとか。
その後やはり川を汚してしまう面もある為、地下水で洗う様になり、
今では水道水で洗う様に変わっています。

つまりは、新宿の町の成り立ちとも関わりなく、
一大消費地の東京に近く、”水が綺麗でいい感じに田舎だった”のが理由だったのですね。
(明治時代も早稲田や落合には田園風景が広がっていました)

江戸小紋は型紙を使ったシルクスクリーンプリントの様なプリントです。
遠目には一様には見えるものの、近くに寄ると小さなパターン柄に気付く、
江戸時代からの小粋なファッションなのです。

その小さなパターンを作り出すのは、伊勢和紙という特殊な和紙。
これを3枚重ねにして彫刻刀で打ち抜いてパターンを作ります。
全て手作業。3枚重ねるのは、彫刻刀は先がすぼまった形状のため、
一番上は少し大きな穴、一番下は少し大きな穴となり、
真ん中の紙がちょうど良いサイズのパターン穴となるから、だそうで。
さすが手仕事の世界です。
細かい型紙には紗(しゃ)とよばれる網が張り付けられ、漆で固められています。
保存の際には塩水を縫って塩で固めておくのだそうです。
乾くと型紙がでこぼこになってしまうため、乾燥を避けているのですね。

こうした型紙による”型染め”があり、
次の工程に”地色染め”があり、
蒸して染色を止める”蒸し”があり、
染色のりを洗い流す”水元”を経て染色が出来上がります。
実際は染むらを修正するプロセスと、それ専門の職人さんがいるのだそうです。

体験で出来るのは型染めの工程。
桜の小紋を白地の布に型染めします。
白地を残すための染色のりを型で塗りつけると、
後にその上に朱色の地色染めがされ、
朱の布に白抜きの桜の小紋が出来上がる、というわけです。

型紙の上からはけで染色のりを塗り拡げていく、
何という事は無い作業なのですが、
そこはそれ、手仕事の微妙な職人技なのです。
はけを進める手の力が均一でないとあっという間にぬりむらが生まれます。
はけも職人さんは往復で塗りますが、素人は型紙を壊してしまうので、
行きの一方向で、と指示されました。
染色のりが生地にまで下りず、型紙の穴に留まってしまうと、
やはりぬりむらになるということも起こりました。
手先の加減ひとつ。奥が深い…

型の保存棚、染料の調合部屋、地色染めの機械、水元、
工場の一通りを見せてもらい、染のプロセスを一通り学ぶことが出来ました。
さてさて、娘はどんな風にそれを自由研究としてまとめあげることやら。

(ページトップの写真は白地の布の上に置いた型紙の上から染料のりをはけでのばす、型染めの様子です)

サメ小紋
IMG_4916

紗のかけられた繊細な模様
IMG_4919

IMG_4921

これ全部彫刻刀で手作業で打ち抜いてるんです
IMG_4922

これがその彫刻刀、色々な刃先があります。
IMG_4915

型染め後。塗りむらによるパターンの濃淡が見えるでしょうか?
IMG_4931

一番手前の角の点、これが型紙の位置合わせのための目印です。
型紙は30cmほど、6mの布を型染めしていくためには、
この目印に型紙の端を合せ、次の30cm程を作業していくわけです。
IMG_4933

地色染めの機械。手前のローラで生地全体に一様に染め、
奥に進んでいくとおがくずが撒かれ、生地同士がくっつかない様になります。
IMG_4936

“蒸し”部屋、90度以上の高温と蒸気で染色反応を止めます。
IMG_4938

水元。昔は下の水路部分で洗っていましたが、今は壁際の機械に流して一気に洗います。
IMG_4943

水元の天井。
かつての洗いのしぶきがかかり、のりがこびりついています。
IMG_4941

型紙の保存だな
IMG_4923

染料の調合部屋
IMG_4944

工房の前庭にはぶどうが成っていました。
IMG_4950

コメントする

UA-19916095-1